たのしいたのしい大学のお話Ⅰ
日本の大学は終わりだ.
...誤解を招く言い方をしたので補足.(かつて技術大国と呼ばれた)日本の(世界に通用する研究機関としての)大学(の発展)は終わりだ.いわゆるFランと呼ばれる大学では4年間遊び呆けて論文も書かずに,微積ができるわけでも漢字が読めるわけでも英語が話せるわけでもない人間が学士という学位を与えられて世の中に排出される.一方の東京大学や京都大学ですら,QS社の世界大学ランキング[1]BEST100に名を連ねるものの,更なる飛躍は見込めないという論調の主張が識者たちの間では囁かれている.
かと言って「終わりだ」と嘆くだけ嘆いて投げ出すわけにもいかない.夏休みの末にこういった問題について勉強させていただける機会があったので,研究の質に直結する,日本の大学の財政的な現状について自分の意見も交えて説明する.
【日米におけるトップ大学の財政体質の違い】
10月はじめの消費税増税を機に,国家予算の使い道について関心を持つ人が増えてきた.自分のいるアカデミア周辺ではやはり大学,研究機関に金を回せという主張の人が多いように感じる.ここで地方の経営ギリギリの大学を取り上げても仕方がないので今回は日本の最高学府,東京大学にフォーカスをあてて議論を進める.
東京大学の平成30事業年度における年間収益は2344億円[2].これに対しアメリカのトップ大学の一つ,ハーバード大学のそれは52億ドル(=5600億円程度)[3]である.無論教員の数も学生の数も違うので,この数字をそのまま大学の質として比較することはできないが,大学全体で研究に使える費用という点に絞れば,少なくとも1000億円単位で差があることがわかる.さらにその収益の内訳に,日米両国の大学の体質の差がはっきりと出ている.
Harvardにおける収入の内,2000億ドル,割合にして4割以上を占めるのがEndowmentからの拠出だ.Endowmentは日本語で言うと「寄付基金」にあたる概念らしい.今回僕は初めてEndowmentという概念について学んだのでこれを共有する.
Endowmentは外部からの寄付金で成り立つ基金のことである.Harvardは学内に「Harvard Management Company」という,れっきとしたCEOが存在する株式会社を擁しており,この基金の資産運用を担っている.HarvardのEndowmentの規模は現在383億ドル(=4兆円程度)であり,Harvard Management Companyはこの元本でアメリカ国債や大企業株の購入およびベンチャー企業への投資を行なって年間5%(=2000億円程度)の利益を計上している.
このようにHarvardが寄付基金の資産運用で自らの研究費を自給自足している(それも東京大学1年分の収入近く)一方で,日本の大学はその経営基盤の大部分が国からの補助金によって賄われている.
【大学改革って何ぞや】
アメリカのトップ大学の一つである同じくマサチューセッツ州にあるマサチューセッツ工科大学(MIT:Massachusetts Institute of Technology)では,ちょうど1年ほど前に興味深いリリース[5]があった.今年の9月より運用が開始されているThe MIT Stephen A. Schwarzman College of Computingについての記事である.Stephen A. Schwarzmanというのは出資者の名前で,要はコンピューティングに特化したカレッジがMIT内に開設されたというリリースだ.
このCollege of Computingの最大の特徴は,単にAIとコンピュータサイエンスの学術研究を行うだけでなく,情報工学以外の分野からもコンピューティングに関する技術,ノウハウを集積し,あらゆる分野,最先端の現場でコンピューティング技術を駆使できる人材を育成することがビジョンとして掲げられていることである.最先端技術は何らかの融合領域であることが常である今,既存の学部の枠組みに捉われずに全学を挙げて,最先端の技術や社会のニーズに対応していくこの動きはまさしく大学改革といえる.
一方で,以下は今年6月に日本の文部科学省が公開した国立大学改革方針の概要[6]である.見ての通り,わかりきった夢物語のみがダラダラと書かれており,もはや本文を読む気にもなれない.少なくともこんな出来の資料を恥ずかしげもなくネットにぶら下げてる内は本当の意味での大学改革など実行できるはずもない.(行政の知り合い曰く「霞が関の資料は書き漏れがないことが最優先事項で,見やすさは考慮していない」らしい.アホか)
運営が国費によって賄われていることによる大学の発展性のなさがもうわかっていただけたと思う.なんでも組織における決定権を握っているのはその出資者であると決まっている.そして自治体と仕事をしたことのある人はよくご存知だと思うが,基本的に行政の人間は,概要から読み取れるように技術やビジネスについてはからっきしである.つまり現在の日本の大学の舵取り役は,最先端技術に精通した大学教授が何と言おうと,文科省の碩学であらせられるお役人に委ねられているのだ.ナム.
今回の議論は経済的自立の必要性についてとなったが,実は国費に頼らず各個に経済的自立が求められるというこの結論は地方創生の終着点としても同じことが言える(僕的にはここが一番のミソだと思う).国立高専から国立大学に進学する身であんまり文科省の悪口も叩けないので今日はこれまで.この記事を理解してくれた人が大学に対する考え方を広げることができたなら幸い.次回は財政基盤などというよりももっと学生目線での大学制度について考察したい.以下,参考ページ.
[1] QS World University Rankings 2020 | Top Universities - Quacquarelli Symo
https://www.topuniversities.com/university-rankings/world-university-rankings/2020
[2] 平成30年度決算の概要について - 東京大学
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400122663.pdf
[3] harvard_annual_report_2018_final.pdf - Harvard University
https://finance.harvard.edu/files/fad/files/harvard_annual_report_2018_final.pdf
[4] Harvard Endowmnent $39.2 billion on 10% return | Harvard Magazine
https://www.harvardmagazine.com/2018/09/harvard-endowment-39-2-billion-on-10-percent-return
[5] About | MIT Stephen A. Schwarzman College of Computing | Massachusetts Institute of Technology
http://computing.mit.edu/about/
[6] 国立大学改革方針(概要)- 文部科学省
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/houjin/__icsFiles/afieldfile/2019/06/18/1418126_01.pdf