高専 情報工学科のすゝめ

昨今のAI(人工知能、Artificial Intelligence)技術に対する注目の高まりによって、奈良高専でも情報工学科の入試はここ数年トップクラスの出願数を受け付けている.先月の入試説明会にて3年目の担当となる学科紹介のプレゼンターを務めたが,本記事ではその内容を一部抜粋して,高専進学時における情報工学科を選択する優位性について紹介する.

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奈良高専情報工学科HPより

 

【そもそも情報工学とは】

工学とは人類が長い歴史を通して書き上げてきた分厚い「ものづくり」のマニュアルを読み解く,あるいは書き足していく学問である.石器時代に人類は石を叩くことで,獣を狩るための石槍を作った.エジソン白熱電球の発明で街に明かりを灯したし,ライト兄弟は動力を搭載した飛行機で人類の夢を叶えた.そうやって人類はこれまでに培ってきた物の加工や物質の生成に必要なルールを,工学というマニュアルにまとめてきた.

 

情報とは,人の五感から脳に入力されることでその人にとって何らかの知識や知見となりうるもののことを言う.獣が自らの存在を他に知らしめるため雄叫びをあげたとしたらそれは他にとって情報であるわけだから,当然,石器時代よりはるか昔から「情報」自体は存在していたことになる.

 

最近になってその概念を加工して人々の意思伝達,行動選択の質をより向上させようとする動きが活発化してきた.人類は情報を加工することで,機械に読み込ませ処理させる技術情報工学というラベルを貼って工学マニュアルに追記した.情報という概念がはるか昔から存在していたにも関わらず,情報工学は一般社会にも浸透している分野の中では最も新しい工学なのである(最先端といえるバイオナノテクはR&Dや専門の現場以外に浸透しているとは言い難い).

 

人間から発せられた(アナログ)情報を符号(デジタル)化して機械に読み込ませることで,機械は人間の思考よりも格段に速い速度で多くの情報を処理できる.デジタル情報を処理するこの機械を電子計算機(コンピュータ)と呼ぶ.世界初の電子計算機であるENIACは,第二次世界大戦中にアメリカ陸軍によって開発され,人間の手計算では到底不可能と考えられていたミサイルの弾道を計算した.

 

最近の情報工学の教育現場では専ら,人間の頭の中にあるイメージをデジタル情報として作り出すための技術や知識が中心に取り扱われている.

 

例えば100年前に「ネコのキャラクターが動いているというアニメーション情報」を作り出そうと思ったら紙芝居のようなイラストを何百枚も描く必要があったが,情報工学の浸透によって今や小学生でもパソコン上でブロックをいくつか並べるだけでネコのイラストを思うがままに動かすことができる.

 

このように情報工学は,リアルの世界でものづくりを行う他分野の工学とは少し毛色の異なる分野であることがお分かりいただけただろうか.

 

【世の中で価値の付き方が変わってきた】

さて、そんな特徴を持つ情報工学を学んでおくことが他分野よりも優位なのはどんな点か.この説明には、ここ数十年の社会構造の移り変わりについてある程度理解する必要がある.

 

世界で最も有名な国内企業はトヨタ自動車だろう.戦後,トヨタソニーを筆頭に大手メーカーや財閥系企業がこの国の高度経済成長を牽引してきた.このいわゆる大企業や資本家が経済界に君臨し,その事業を支える形で下請けの中小企業や個人事業主がこの社会構造を支えてきた.こういった世の中で働き手に求められる力は「命令を正しく効率的に遂行する能力」であると多くの人が言う.経営陣の打ち出した方針をより迅速に,従順に対応できることが出世街道をひた走るための鍵だった.このような社会構造を(勝手に)「ピラミッド型社会」と呼ぶ.

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ピラミッド型社会

しかし.

以下は平成元年と平成31年に発表された企業時価総額の世界ランキング比較である(企業の価値は株式の時価と発行株式数の積で決まる).30年前には世界ランキングの上位5社を日本企業が独占していたのにも関わらず,現在にはその見る影もない.なぜこのような変化が起きたのか.

  

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平成31年のランキングを見ていくと,GAFAを筆頭とするIT企業が軒並み上位に名を連ねている(AlphabetはGoogle持ち株会社).ここからわかることは,世の中の価値のウェイトはこの30年の間で車やインフラといった「モノ」からWebアプリケーションによってもたらされるサービスやデータといった形なき「情報」に遷移しているということである.

 

さらに金額の項目も見てみる.

30年前の世界一価値の高い企業の企業価値は1600億ドルであるのに対し,現在のそれはおよそ1兆ドルの価値をつけるまでとなっている.「情報」は「モノ」に比べ,その価値のスケーラビリティが非常に大きい.もちろん,情報には価値がつかないものも多く存在するが,当たりさえすれば一般ユーザーには想像もできない価値を社会に対して創出することができる.

 

このような動向が社会構造の在り方に反映されるようになると,それは「ネットワーク型社会」と呼ぶことができる.かつて事業を起すには莫大な資本が必要であったが,今はイデア1つとノートパソコン1台さえあれば個人でも社会に価値を創出する事業を起すことが可能になった.

 

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ネットワーク型社会


このようなプロジェクトベースでの仕事では,前述の「命令を正しく効率的に遂行する能力」よりも,「人に魅力を与える能力」「情報やシステムを正しく扱う能力」といった能力が求められるようになる.日本の「ピラミッド型社会」の在り方が間違っているというわけではなく,これまでの世の中を作ってきたことは言うまでもないし今後も大きな組織の中では生き続けるだろうが,社会全体の動向としては個々の特性や能力が重視される「ネットワーク型社会」に移り変わってきているのだ.


組織や個人の行動,意思決定を支援するAIやビッグデータ分析の技術は今後さらにネットワーク型社会への意向を後押ししていく存在になることを予想する.平成の世の中では「パソコンが使えないと仕事にならない」とよく言われたが令和の世の中では「AIがわからないと仕事にならない」と言われる時代がやってくる.こういった社会背景で,今後あらゆる分野のビジネスに必要とされるITの基礎を高校1年生の年齢から学べるのが高専情報工学であると言える.

 

【最後に】

社会構造の変遷という観点から,出身の情報工学科の優位性について持論を述べた.が,実際のところ身につくスキルというのは自分次第であって,たとえ情報工学科にいても僕のように「プログラミングわからないンゴ」と言い続け専攻科を卒業する人もいれば,機械工学科でも自学自習でアプリケーションの完成にこぎつけるような人もいる.

しかしやはり大学のゼミに入ってからITリテラシを学び始めましたという学生よりも高校生の段階でプログラミング言語に触れている学生の方が能力の習熟ははやい.近々プログラミング教育の実施が小学校の学習指導要領に追加されることなども踏まえ,社会の動向には常にアンテナを張って進路選択ができるようにしていきたい.

 

という,自分への追い込みでした.